No.16  アート・ブレイキー

モダン・ジャズ全盛時代を文字通り土台として支えたドラマーの筆頭株と言えば、アート・ブレイキーです。
1919年にピッツバーグで生まれ幼少からピアノに親しみます。10代の半ばからバンドを率いて活動を始めますが、初めはピアニストだったそうです。ドラマーへ転向したきっかけには諸説あり、同郷、同世代のエロール・ガーナーのプレイを目の当たりにしてピアノを諦めた、出演していたクラブのボスから強制的にドラムをやらされた、などの逸話が伝えられています。1940年代初めにニューヨークへ進出して“初のバップ・オーケストラ”と呼ばれたビリー・エクスタイン楽団に創設から加入。1947年まで在籍しますが、それと並行して自己のバンドも結成し、ザ・メッセンジャーズを名乗るようになります。また、この時期にチャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィスらとレコーディングやギグで共演を重ねます。
そして、1955年にピアニストのホレス・シルヴァーとの双頭バンドとしてジャズ・メッセンジャーズを本格的に立ち上げます。シルヴァーの低音を効かせたピアノとブレイキーの得意奏法ナイアガラ・ロールを含むダイナミックなドラムを中心にしたジャズ・メッセンジャーズのサウンドはファンキー・ジャズと呼ばれてブームを巻き起こします。シルヴァーは1956年に脱退しますが、ブレイキーは晩年までこのグループを率い続けていきます。初期のクリフォード・ブラウン、ルー・ドナルドソン、リー・モーガンからウェイン・ショーター、フレディ・ハバード、チャック・マンジョーネ、ウィントン・マルサリスまで、ジャズ・メッセンジャーズは数々の若い才能を輩出し、彼らはブレイキー・スクール出身者とも呼ばれます。大の親日家としても知られ、幾度となく来日公演も果たしてきましたが、1990年に肺がんのため71歳で生涯を閉じました。

『モーニン』
(EMI)

日本でもブームを巻き起こしたファンキー・ジャズ。その代名詞的となったのがこの表題曲。他に<ブルース・マーチ>などを収録し、まさにファンキー一色。
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